浦原 | ナノ
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▼ 過去編10

逢引しませんか、と言われたのは、決算に追われ毎日毎日遅くまで残業をしていたある日のことだった。決算時期はさすがにわたしだけでは捌ききれなくて浦原隊長も研究室から出て一緒にやってくれていた。申し訳ないがひよ里に決算書類を任せるのは心もとなく、涅三席は最初からやる気がない。そのため、虚退治をひよ里に任せ、涅三席には触れず、浦原隊長とわたしを主軸に他の隊士たちで鬼のような決算書類を片づけていた。ただ下位の席官や普段書類仕事をあまりやらない人たちには処理できる仕事も限られており、最終的にわたしと浦原隊長にしか処理できない書類が大量に残されているので、毎日最後まで残るのはわたしたち2人になっているのだ。2人きりとは言っても、仕事に追われている状態ではドキドキもくそもない。無心で書類の山をなくさなければ、と机に向かい、浦原隊長にお任せしなければならない分を的確に分別してお願いする。それだけだ。あまりに鬼気迫るわたしの様子に浦原隊長はあとはボクがやるんで帰って休んでください、と言ってくれたりもしたけれど、浦原隊長だってあまり寝ていないことを知っているので、即却下させていただいた。寝たいのなら早く書類を片づける。これしかない。そんな書類に囲まれた生活にようやく終わりが見え始めた頃。遅くまで残業しているせいで他に誰もいなく、ガランとした執務室で浦原隊長に確認をお願いしなければならない書類を渡しに行くと、なまえサン、と名前を呼ばれた。何か不備でもあったのだろうか。

「いつもありがとうございます。ボクひとりだったら終わんなかったっス」

「いえいえ。ようやく終わりが見えてきて、本当によかったです」

来年は涅三席にもやらせましょう。絶対に。そう付け加えると、わたしの目がよほど鬼気迫っていたのか、浦原隊長が苦笑いをした。あの人は頭のいい人だし、このくらいの書類仕事が出来ないわけがないのだからいつまでも甘やかしているべきではない。ついこの間書類に埋もれているわたしを鼻で笑って悠々と研究室に入っていった姿を思い出して眉間に皺を寄せる。思い出すだけで本当に腹が立つんだけど。なんなのあの人。なまえサンと涅サンは仲良しっスねェ、と笑う浦原隊長には全力で否定させていただいた。

「そういえば、頑張ってくれたなまえサンにお礼がしたいんスけど」

「や、わたしはただ仕事をしただけで…」

「ボクと逢引、しませんか?」

うまく頭の中で変換ができなくて、合挽?肉?ハンバーグでも作るの?とぐるぐる意味のわからない言葉が頭の中を回る。だって、逢引というものは恋仲の男女がするもので、わたしと浦原隊長は恋仲ではなくて。しかし、浦原隊長に嫌っスか?とちょっと悲しそうに訊ねられると、嫌じゃないです、と条件反射のように出てきてしまった。待ってわたし。何をやっているのわたし。落ち着いてわたし。浦原隊長に恋心を抱いている身としては、眉尻を下げてちょっと悲しそうに尋ねられたら拒否することなんてできない。これが惚れた弱みというやつだろうか。わたしの返答に柔らかく笑った浦原隊長に敵わないなぁ、と心中で呟く。

「なまえサンを連れて行きたいところがあるんです」

「……じゃあ、楽しみにしてます」

わざわざわたしを連れていきたい、だなんて特別だと言われているようで舞い上がってしまいそうだ。それを一生懸命押さえて、まずは仕事を終わらせましょう、と言うと、浦原隊長は先程までよりもペースを上げて書類仕事に勤しんでいく。わたしも負けてはいられないので書類に取りかかるが、ふと、手を止めた時に考えてしまう。浦原隊長がわたしを連れて行きたいところとは、どこなのだろう。


 * * *


「いやー、いい天気っスねェ」

ぽかぽかと春の日差しの中、件の約束を果たすためにわたしは小袖を身にまとい浦原隊長との待ち合わせ場所に赴いた。浦原隊長はまだ到着していないようで、近くの木に寄りかかってぼーっと待っていると、いつもとは違って隊長羽織を身につけていない浦原隊長がへらへらと笑いながら歩いてきた。こうして非番の日に浦原隊長と会うことになるなんて想像もしていなかった。死覇装じゃないなまえサンは新鮮っスね、と笑った浦原隊長に手を取られ、浦原隊長がわたしを連れて行きたい場所に向かって歩き出す。なんでもないことのように自然に手を繋いでいることがくすぐったくて、でも、手に汗とか、かいていないだろうか、どこか変ではないだろうか、と幸せと緊張、不安がわたしの中でない混ぜになっている。途中途中で浦原隊長のおすすめのお店に立ち寄って買い食いする形でお昼を済ませ、ここからちょっと道が荒いんで気をつけてくださいね、と言って手を引いてくれる浦原隊長に続いて、整備されていない道を歩く。木が生い茂る中をしばらく歩くと、進行方向から光が差し込んでいるのが見えた。あそこが目的地だろうか。そうして開けた場所に出たところで見えた景色に、わたしは息をのんだ。

「ボクの秘密の場所っス」

「う、わぁ…!」

一面に花が咲き誇る丘の上。甘い香りと心地よい風が肌をくすぐる。そしてその向こうには、瀞霊廷が一望できるようになっている。きれい、と思わず呟くと、浦原隊長がうれしそうにでしょう?と目じりを下げて笑った。

「何かあったらここに来て、一日のーんびり過ごすんです」

「それは…素敵な休日ですね」

「夜一サンにも教えてないんスよ」

口の前に人差し指を立てながらの、まるでわたしが特別だと言われているかのような言葉に、胸が淡い期待で高鳴る。どちらともなく手が離れ、わたしはしゃがんで花を眺める。小ぶりな紫色の花がたくさん咲いているこれは、勿忘草だろうか。色とりどりの花が咲き誇る中で、もっともわたしの目を引いた花に手を添えると、後ろから浦原隊長が覗きこんできた。

「勿忘草っスか?なまえサンによくお似合いの花だ」

「……地味で目立たないってことですか?」

「まさか。縁の下の力持ちってことっスよ」

こういう小ぶりな花が周りを彩るからこそ大きくて派手な花が際立つものでしょう?とわたしの隣にしゃがみこんだ浦原隊長が愛でるように勿忘草を撫でる。それは褒められているのだろうか、と一瞬考えてしまったけれど、浦原隊長がそんな嫌味を言うとは思っていない。それにどうやっても大輪の鮮やかな花になることはわたしにはできないという自覚もあった。

「浦原隊長は、勿忘草の花言葉をご存知ですか?」

私を忘れないで。別れの時に似合う花だ。だからこそ、似合うと言われても複雑な気持ちになってしまう。ふ、とわたしの顔に影が落ちたのを浦原隊長がきょとん、として横から見つめて、ああなるほど、と呟いた。

「勿忘草には永遠の愛って花言葉もあるんスよ」

なかなかにロマンチックでしょう?と小ぶりな花をひと房手折って、わたしの髪に当てる。

「やっぱりよく似合う」

「………そういうことをすると、勘違いされちゃいますよ」

以前浦原隊長に言われた言葉をそのまま返した。だってそんな、永遠の愛という花言葉を教えてもらってすぐこんなことをされたら、まるで、告白みたいじゃないか。勘違いじゃないんでいいんスよ。わたしの髪に優しく花を挿してそう言った浦原隊長に目を大きく見開いた。春の風が、花や木々を揺らす。

「ボクとお付き合いしていただけませんか」

「わ、たしで…いいんですか?」

「なまえサンがいいんです」

いつも支えてくれるところ、よく見てくれているところ、甘い物が好きで、本当に美味しそうに食べるところ、お茶を淹れるのが上手なところ。浦原隊長がひとつずつ挙げていくので、もうやめてください、と耐えきれなくなって顔を隠す。真っ赤になった耳を撫でて、返事、もらえますか?と浦原隊長が大人げなく催促をしてくる。わかってるくせに。むしろ、わからないことなんて、ないくせに。顔を隠してる手を外して、浦原隊長を見上げる。蜂蜜色の髪がふわふわと揺れ、いつも研究に打ち込む瞳がわたしを射抜いていた。意地を張ったところで、最初から勝ち目なんてない。自分で驚くほど速く音を刻む心臓を落ち着かせるように一度深呼吸をして、ゆっくりと口を開く。

「お慕い申し上げております、浦原隊長」

なよっとした第一印象とは異なる、意外とたくましい腕に優しく包まれた。好きなところなんて、たくさんありすぎて言えない。でも浦原隊長が笑ってくれると胸がきゅ、と締め付けらるようで、大きな手で触れてもらえるとふわふわする。この人は、わたしなんかよりももっと大局を見て、世界の為に尽くしていく人だと、近くで見ていたからわかる。でも、浦原隊長というひとりの人間の、帰る場所になりたい。視界の端に紫色の小さい花が映る。わたしを忘れないで。それはきっと、先を歩いて行ってしまうこの人に対するわたしの気持ちそのものなのだろう。



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